自動車 燃費 向上の小ワザ公開
その環境問題の一つがこれから、また今までも一生懸命やってきた排気ガス対策、それから安全問題ですね。
それから、排気ガス対策が始まった時に、私どもが働いていた職場は、今タマちゃんで話題になっている鶴見川のすぐ横でした。
川っぷちにある古い埋め立て地に、設計部隊がいましてね、大変空気の悪い所です。
そこで生活しますと、鼻毛が伸びるんだな(笑)。
学生時代に比べたら鼻毛が伸びるのが早くてびっくりしましたが、空気が悪いとそうなるようです。
排気ガス対策が始まった時の笑い話は、排気ガス対策で規制きれた排気の状態のほうが、その辺の自分たちが勤めている周りの空気よりいいんではないかという(笑)。
それぐらい空気が汚れていました。
そういう所で、だから最初に排気ガスの規制値が示された時には、みんなびっくりしました。
正確な測定方法も確立できていないレベルの要求で「なんでこちょっと戻って、この一九六○年頃でも、さっき言いましたように、写真には出てなかったけど、車は大変多くなりました。
その頃はもうともかく車があふれて、マナーも悪い、道路網もシステマティックに整備きれてない、結構道路はあるんだけど。
段々混んでくると、今でも時々ありますかね、信号が赤になっても今のうちに前の車にくっついてないと、次の青信号になっても「なかなか自分の順番が来ない」というので、バツと行っちゃうでしょう。
そうすると横から「そうはさせじ」と青になったら入ってくるわけですね。
それで車が縦横に折り重なって、たちまちマヒして動きが取れなくなる。
そうするとその後ろがトットットとつながって、次の交差点でまた同じことが始まる。
たちまち東京中に交通麻津が広がるという広域交通麻輝が頻発していました。
今のほうが遥かに車は多いけど、高速道路ができて道路の立体交差も増え、信号も全体の流れを見ながら管理するような、そういう全体のシステムが進んだのでスムーズに、まあスムーズと言っても結構混んでますけどね、でもその当時よりはスムーズに流れています。
と主力産業であり続けるのは。
たぶん、自動車は変わっているのでしょう。
最初に作った頃の自動車と今作っている自動車とでは、ずいぶん違うのだと思います。
違うというのは技術的に違うだけじゃないですよ。
最初の頃は、ともかくA地点からB地点へ動くために必要な道具ということだけに徹して、それだけで良かったと思いますが、段々、快適な空間であるとか、車の中にいることが楽しいとかね、そういうものに変わってきたから長く続いているのではないかと思います。
この時期以前までは(だいたい一九七○年代、七十五年より前ですが)欧米の車から部品を外すと、優れたところを自分の物にしようと思って目を輝かせて一生懸命見たものです。
ところが、この頃になりますと、見ても面白くなくなってきました。
追いついてきたからということはありますが、段々真剣に外車を眺めるということが減ってきました。
そういう時に、次の目標を設定できなきゃいけない。
そこをちょっと私自身でいえば遅れたような感じがして、非常に残念に思っているところでんな」という感じでしたけど、ともかくそうしないと車は売れなくなるなあということで懸命の努力をしました。
結局ホンダさんを先頭に、日本が一番先に排気ガス規制をクリアし始めました。
それがその後の、排気ガスをクリアしても燃費がいいとか性能がいいとかいうところに段々水準が上がっていって、世界中で日本の車が使われる、受け入れられるようになった。
そうすると、車というのはものすごく裾野の広い産業ですから産業界全体に大きな好影響をもたらしました。
化学産業、ゴムとか、ペンキ、塗料とかガラスとか、そういうのもあるし、鉄も機械加工もある。
売るところも必要、売るためにお金を貸すとか、月賦を組まないと車が買えないとか、そういうところも含めて、自動車産業で生計・収入を得て生活する人たちの数というのは、すごく多いですね。
大体どの産業も、二十年から三十年で代替わりになります。
今までの歴史でいうと、時代の中心となった産業は、ずっとは続かないんですよ。
大体二十年から三十年で別なものに変わっていく。
自動車産業だけですね、ここ四十年、五十年ぐらいになりますか、少しずつ先ほど示した生産台数のグラフ(注.図2,8)は、昭和三十年ぐらいから五十年ぐらいまでの傾向を表していましたが、その後もどんどん生産が伸び続けて来ております。
それから後、こっちのほうのグラフ(注.装着率の変化をグラフにしましたが、この左端が昭和二十年、一九四五年です。
アメリカでは乗用車の自動車です。
ここまでは、いい手本があったから、なんとしても手本に追いつき追い越したいということで必死に、実現することだけに頑張れば良かったんです。
さっきの技術力のところで言いましたけども、目標を決めるということに苦労をする必要がなかった。
いい車というのがあったから、ああいうのに負けたくないという思いでいた。
そこに追いついてしまったら、こんな車にしたいというのを必死に思い描いて、それを具体的な形で目標として表現し、さらに、細かく噛み砕いてやらないと仕事につながりません。
それがそろそろ始まる時期というのが、このころです。
明らかにパターンが違います。
全然違う傾向であることを示しています。
皆さんの仕事では技術的なところはあまり扱わないかも知れませんけど、ここで、ちょっと一言、雑談に入りたいのは、ヨーロッパの自動変速機装着率。
この辺で十二、三%。
十二、三%装着している車種が結構多いと思うでしょう。
ところが、平均で十二、三%であっても、装着率が十二、三%の車種はほとんど無いのです。
この平均値はどうやって出てきたかというと、高級車で、アメリカ輸出なんかが多い車で七十%、八十%、百%自動変速機がついているという車と、アメリカへ輸出しない車で、全く自動変速機がない車(これが結構多いんです)、四、五%自動変速機をつけているいくつかの車種などが混在しています。
それを全く制約なしにぶち混ぜて平均すると、十二、三%という数値になると言うことです。
これは「統計で処理したものの見方というのは用心しなきゃいけないよ」ということをよく示している事例なので、ちょっと脱線ですが取り上げてみました。
平均値というのはそういうふうに、ものを代表しているようでいる変速機装着率は、こんなふうに伸びてきて、昭和四十年頃、一九六五年頃には九十%を越して飽和状態になっていきました。
日本は昭和五十年、一九七五年ぐらいからですね。
ちょうど私がジャトコという子会社へ出向した頃、ちょっとそれより少し後ぐらいから急速に伸び始めている。
日本とアメリカの装着率カーブは時間軸はずれていますが形は非常に良く似ていますね。
似たようなことが起きているのです。
この時期にアメリカでも、一般の人への車の普及が非常によく進んだ時期です。
そういう時期に合わせて自動変速機も増えている。
それからこの辺で、装着率の立ち上がりよりちょっと先行して車が急速に増え始めていますから、車が増え始めるのと自動変速機を使うのが、つまり装着率が上がっていくというのはほとんど同時に動いている。
そういう点では日本も似た動き方をしました。
一方ヨーロッパのほうは、車そのものをヨーロッパで生み出した、発明した商品ですから、車の歴史はアメリカよりも長い。
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